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海彦、山彦の食卓

五島列島編


 岐宿町の海彦と夜の海に出た。時間は午後九時前、一番潮が引く約一時間前である。真っ暗な海岸には遠くから波の音が聞こえてくる。足元を照らすのは海彦が持って来たカーバイトランプ。これがなかなかの骨董品だ。シューシューというランプの音と共に岩場を歩く。岩場には大小様々な潮だまりが出来ていてこの中に取り残された獲物を狙う。

「昔は大潮言うたらみんな取りに来よったもんたい。そいだけ沢山捕れよったもんね。ばってん今は少のうなった」

確かに大潮で絶好の機会だというのに海岸に出ているのは我々だけだ。特に夜間は昼間と違った獲物も捕れる確率が高いというのに。

 いくつかの潮だまりをのぞいたがあまり獲物の姿が見えない。まだ春浅い夜の海は結構冷える。のぞいてはざぶざぶと移動すること数回。やっとカーバイトの鋭い光に揺らめく影を見つけた。海彦はすかさずフックのついた竹竿を繰り出す。引き上げられた先には20p程の甲イカの姿があった。大物でなくとも獲物は嬉しいものだ。それから一時間程探し続け更にガザミを二はい手に入れた。

「二週間くらい前やったらイイダコのようけ捕れよったもんねえ。今はもうおらんさ」

僅かに時期がずれれば捕れる獲物も違ってくる。自然の世界では当たり前の事だが一年中何でもある今の時代には新鮮に感じる話だ。

 春先はイカが海岸近くにまで産卵のために寄って来る。昼間、堤防の上からでも大きなミズイカの姿が見えた。大物では4キロにもなるミズイカは大変に美味。冷凍しても全く味が落ちないから地元では人気の獲物だ。甲イカの類は砂浜にもふらふら現れる。子供の頃、石垣の上から甲イカを発見した事がある。しかし手元に網はなく身近にあるのは空のびくだけ。そっと近づきびくで押さえ込んで捕まえた時のまあ、嬉しかった事。どんなブランド食品よりはるかにあの日のイカは美味かった。

 さて、そろそろ海彦の家に戻ろう。ガザミが這い回るバケツを抱えて真っ暗な海岸を歩く。昔の人は松明を手にここを歩いたんだろうな。今のライトとは比べようもない薄明かりの中で沢山の恵を享受したはずだ。夜の海、少し怖いが有り難い。

>> 田中康弘 <<
1959年、長崎県生まれ。大学卒業後、カメラマンを志し、現在西表島から知床までの津図浦々を取材に飛び回る。「マタギ」をライフワークに、秋田・阿仁またぎの不肖の弟子を自称。
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