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山菜と筍


 季節感溢れる食べ物と言えばやはり春に限る。海にも山にも春の味がひしめいている。さて今回は前回までと打って変わり海彦話から突然の山彦話。

 元来九州の人間は山菜を食べない、というよりも山菜の存在を知らない。直ぐ側に食べ頃のタラの芽があっても誰も採らないしそれどころか棘があって邪魔だと切り倒す始末。考えてみると山菜という言葉も日常ではまず聞かない。恐らく山菜蕎麦くらいかな。もっとも蕎麦も殆ど食べない地域なので山菜蕎麦という言葉もあまり聞かないが。

 何故こうも山菜に縁がないかというと九州の植生に関係があると思われる。常緑の木々に覆われた森に所謂山菜はほとんど無い(食用可能な草はあるのだろうが)田圃の横のツワブキくらいは食べるがこれは山菜とは呼べないだろう。

 それでは季節を告げる食材とは何かというとそれは筍。筍がにょきにょきと顔を出し始めると体が浮つく季節到来、猫は軒先で唸り出す。

 小学生の頃友達の家の側に小さな竹林があった。ある日その家の窓から竹林を見ると皮被りの筍が無数に出ているではないか。もうそれを見ると無性に掘りたくなった。

 「あの筍ばとろうで!」

 友達に提案するとそいつの家にあったシャベルを持って竹林に向かった。坂の町佐世保、勿論、竹林は急斜面である。勿論、竹林は他人の土地である。そして勿論、無断で筍を掘ろうとしている。こんな地面から勝手に生える物は誰がとっても構わない。しかし万が一にも“こらーっ、なんばしよっとかー”と鎌を持ったじいさんが現れたらどうする?一目散に逃げよう。しかし待てよ、一緒にいるK(友達)は通信簿の体育欄に1以外がついた事のない筋金入りの運動音痴。多分この斜面を駈け降りる事は難しい。まあ、その時は一人で逃げよう。

 竹林に入りあたりを見る。どれが正しい筍か?10p程顔を出した筍は恐らく食べられる。50pにも伸びたものは果たして筍かそれとも竹か?生まれて初めて竹林に入り筍を掘る、それも独学で掘る。何処までが食えてどこからが食えないか、そこがさっぱり解らない。小さなシャベルで夢中になって掘るがこれまた何処まで掘れば良いやら見当もつかない。奮闘すること小一時間。3本の可愛い筍を手に入れると家路についた。晩のおかずに筍の煮物が付いたのは言うまでもない。

>> 田中康弘 <<
1959年、長崎県生まれ。大学卒業後、カメラマンを志し、現在西表島から知床までの津図浦々を取材に飛び回る。「マタギ」をライフワークに、秋田・阿仁またぎの不肖の弟子を自称。
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