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− 第9章:口蹄疫 −

“ある悪夢”の再来?


 この夏、イギリスは“ある悪夢”の再来に怯えた。 それは家畜の伝染病“口蹄疫”の感染拡大である。 8月の初め、イングランド南部・サリー州の農場で、口蹄疫に感染した牛が発見された。 口蹄疫とは牛、羊、山羊、豚などの偶蹄動物がかかる伝染病で、地面に接する蹄や口の周りに水疱ができ、発熱する病気らしい。 一般的に致死率は低いが、発病後に様々な障害が発生するので家畜としての価値を失う。 ウィルスの感染伝播力がずば抜けているが、人間には感染しない。 しかし、この地方の農場で発生した口蹄疫のニュースは、全国的に大きな衝撃を走らせた。 イギリス政府は、その日のうちに、感染した牛が発見された農場、および周囲半径5キロの地域を、事実上封鎖すると同時に、イギリス全土で家畜の移動を禁止した。 そして、欧州委員会は、イギリスからEU内への家畜や食肉の輸出を即時凍結することを決定し、異例とも言える迅速かつ徹底した感染包囲網が作られた。

 口蹄疫に感染した牛が発見された直後から、イギリスのメディアは連日トップ扱いで、事態の推移を伝えた。 感染牛が見つかった農場だけでなく、監視区域内の他の農場も含め、牛や羊などの家畜が、すべて焼却処分された。 それだけでなく、影響は全国に及んだ。 家畜の移動ができないので、家畜市場は閉鎖され、食肉の供給システムが一時的に停滞した。 夏の時期は、各地で“カントリー・ショー”が開催される。 呼び物の一つである家畜の品評会などは、すべてキャンセルせざるを得ない状況にも陥った。 監視区域外への感染拡大を防ぐため、家畜だけでなく人や車両の通行を制限し、検問の如く関所が設けられ、靴やタイヤの消毒も行った。 そんな中、驚くべきニュースが伝えられた。 なんと、感染元は、この農家の近くにある家畜感染病の研究施設か、同じ敷地内にあるワクチンを製造する製薬会社であると断定された。

>> 志村 博 <<
英国ケンブリッジ在住、アーティスト。
http://www.shimura-hiroshi.com/
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