特集

  • 前のページへ
  • 001
  • 次のページへ

− 第11章:水郷 −

英国有数の観光地は中世の泥炭採掘地だった。


 私の住むイングランド南東部は、イギリスの中で最も平坦な地方で、かつて湿地や沼地が多く点在していた。 しかし、中世以降の人間の活動で、その95%が消滅し、耕地や牧草地、住宅地、産業用地などに姿を変えた。 しかも、残された湿地のほとんどは、“自然保護地域”に指定され、状態を保つための管理作業が必須になっている。 我が家から10キロほど離れたカントリー・サイドにも、このような自然保護区があり、 かつての湿原の風景を再現させるだけでなく、水鳥たちの楽園として王立鳥類保護協会が管理している。 人間がこの地方に定住するようになった時代より、このような湿原は自然に広く分布していて、漁業や狩猟など、重要な食糧を確保する場所であった。今日では、貴重でユニークな自然環境を体験する場所であり、観光やレジャーの対象にもなっている。


 ケンブリッジから北東に約120キロのノーフォーク州東部に、“ブローズ”と呼ばれる広大な湿原がある。 多くの池や湖が点在し、網の目のように張り巡らされた水路は、総延長が200キロに及ぶ。 地域には“マリーナ”が多くあり、レジャー・ボートやヨット、観光船などが、水路や湖を行き来する。 日本ではあまり紹介されることはないが、イギリスでは有数の観光地で、世界から訪問者が多く訪れる。 私もモーター・ボートを借りて、広い湿原を航行した。 次々と変化する水辺の風景、川岸の別荘コテージ群、そして水鳥などの野生動物たち、それは“お伽の国”を行くような楽しい経験だった。 もう10年以上前のことだが、私はこの不思議な魅力に満ちた“水郷”に夢中になった。 そして、この地を日本に紹介する“ビデオ・エッセイ”を制作することにした。 ところが、取材を進めるうちに、驚愕すべき「史料」を見つけた。 なんと、この水郷の形成には、忘れ去られた中世の“エネルギー危機”事件が関係していたのである。

>> 志村 博 <<
英国ケンブリッジ在住、アーティスト。
http://www.shimura-hiroshi.com/
記事関連の写真
記事関連の写真
記事関連の写真