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農業はセレブの新しいレジャー?


 世田谷区は都内でも屈指の高級住宅地、成城に象徴されるように富裕者層が住む地域というイメージが強い。


 池波正太郎のあるエッセイに昭和10年代の東京・渋谷の様子を描いたものがある。当時の渋谷は農家の庭先にのんびり牛が草を食んでいるのが日常的な光景だったとある。地理的に世田谷は渋谷のもっと先だから、世田谷の当時の田園風景が広がる様子が容易に想像がつく。

 昭和25年に1345haあった世田谷区内の農地は平成19年には126haと、10分の1以下に減少してしまっている。しかし考えようによっては都内の典型的な住宅地にいまだに、これだけの農地が残っていたのかと思われる向きも多いと思う。


 今回はその世田谷区内にある農業施設、2箇所を訪れた。

 小田急線成城学園駅が地下駅となり、その上にあいた土地を都市型市民農園として活用している「アグリス成城」と、世田谷で江戸時代から代々続く農家で、80年前から植木・造園業を営む「吉実園」である。

 「アグリス成城」は多くのマスコミがとりあげ、知る人も多いが、「吉実園」は自身のホームページもなく、インターネットの情報検索でもほとんど引っかからず、好対照である。


 はじめに訪れたのは成城学園駅、西口ロータリーの目の前にある小田急が経営する「アグリス成城」である。昨年5月にオープンして今年で2年目にはいった。

 事務所と会員専用のクラブハウスが入った、しゃれた建物の奥に、長方形の畑が2区画続いていた。畑の両側は隙間なく住宅が密集していることからも、ここにかつて線路がまっすぐ伸びていたことが想像できる。

 クラブハウスの裏手に畑があるが、畑の入り口には鉄製の洒落た門扉が入り口をさえぎり、会員しか入れないようになっている。

 畑は1区画、6平米単位で貸し出されているが、区画割は線路のまくら木を利用して仕切られている。外見は畑というより各人ごとに仕切られたガーデニングの空間のようだ。


 おもいおもいに植えられている野菜はその植え方を見ているとそれぞれ借主の個性が出ている。1〜2種類に絞って植えるものあり、何種類もバランスよく植えている区画があれば、箱庭を思い浮かべるような手入れの行き届いた区画と、さまざまである。

 気になる料金とそのシステムは、1区画6平米、道具、肥料、植物保護液、支柱とクラブハウスの利用で年間利用料金136500円。この料金は一人当たりのもので、家族会員は別途料金がかかる。種や苗は「アグリス成城」内で売られているので、至れり尽くせりである。

 かたや世田谷区立の「ファミリー農園」は区内に23箇所、1325区画もあるが、区画の単位は15平米、契約期間は1年11ヶ月で9200円とこちらは格別に安い。

 「アグリス成城」の担当者によれば市民農園構想の実現はあいた土地の有効活用と周辺環境を考慮した緑化事業から端を発したものである。そして農作業を釣りのようなレジャー感覚で楽しんでもらうことがコンセプトになっている。

 したがって会員は何ももたずにふらっと来て、作物の手入れが終われば、クラブルームでゆっくり体を休め、それから帰宅する、といったクラブライフを過ごしている。


 さて畑といえば肝心なことは土である。土の厚さは約40センチで、まくら木で仕切られた区画の土は1ヶ月間(2月)を休耕地にして土を休ませるようにしている。畑の両側の住宅への配慮から農薬の散布は原則禁止、土ほこりが舞い上がり、住宅に吹き込まないように畑の土の表面は風に飛ばされないよう軽石のようなもので覆われている。

 畑全体の土の入れ替えは大型重機を使わなければ不可能のため、費用も数千万円もかかる。

 そのため、当分は土の入れ替えは行わないという。


 農業をレジャーと割り切って事業化した初の試みはまだ2年目を迎えたばかりでその評価はまだ定まらない。公的な市民農園とは明らかに異なる客層。農業が新しい都市住民のレジャーとしてニューライフスタイルに組み込まれたが、今後どのように展開されていくのか、興味は尽きない。

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地下にもぐった小田急「成城学園」駅

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メンバーしか入れない洒落た扉

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畑の両側に住宅が立ち並び、線路の面影が・・。

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枕木で仕切られた区画

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思い思いの畑

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平日の午後で会員の姿もまばら

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会員専用の談話室、奥には女性用の化粧室もある