農作業の準備に忙しいメンバーたち
「嬬恋ファーム」のメンバーが週末農業を楽しんでいる畑のロケーションはメンバーの活動拠点である「百年小屋」から車で5分とかからない場所にある。
高台にあるその畑は浅間山、吾妻山といった山々に四方を囲まれ、周囲に景色を阻むものも少ない。畑の真ん中に立って360度視線を移し、めぐらせると、雄大な自然の前に己のちっぽけさが炙り出されるような不思議な感覚に襲われる。古の人たちが山に神聖を感じ、畏敬の念を抱いた気持ちがよくわかるような気がする。山には、そして自然には日々の雑事とわずらわしさを洗い流す何かが宿っているのだろう。この感覚をヒーリング効果と一言で表現しまうと何かを積み残したような気分になる。はやり自然を畏れ、敬うという「畏敬の念」が自然を形容する最適な表現であろう。
前夜、抽選で決まった畑の区割り表に従い、メンバー有志による区画割りに立ち会うため朝食後、畑に同行させてもらった。あいにくの小雨が断続的に降り続くなか、ロープと杭を使って区画を割り出していく。前日に汎用トラクターでビニールマルチが敷かれた各畝を、各人・グループごとに割りふり、そこにおもいおもいの野菜を定植する。メンバー全員が協力をしあいながら作物を育て、収穫したものを均等に配分するというやり方ではなく、区画ごとに畑を借りる市民農園方式をとっている。標高の高い「嬬恋ファームイン」の畑が本格的に耕されるのが5月初旬から中旬にかけてだから、関東地方の平野部から1〜2ヶ月遅れになる。
またこのあたりの土質は1783年(天明3年)の浅間山の大噴火による火山灰土に覆われ、その後の長きにわたる土壌改良により、現在は高原キャベツの一大生産地になっている。機械植えによるキャベツ畑は独特の幾何学的な模様を描き、周囲の自然にマッチして美しい。「嬬恋ファームイン」の借りている畑も厚く覆われた火山灰土を表層から削り取り、土壌改良が施されている。
区画割り作業は2時間程度で終わり、再び「百年小屋」に戻り、椎茸の駒うちを見学がてら、作業を体験させてもらった。ナラやクヌギの原木にドリルで穴を開け、そこに市販されている椎茸菌の詰まったチップを埋め込み、金づちで埋め込んでいく。菌は半年から長いもので2年の歳月をかけて、原木の栄養分を吸収して育っていく。市販されている椎茸の90%は人工的な「菌床」栽培によるものだそうで、香り、食感は「原木」栽培にはかなわないという。ファームインメンバーが昨年のいまごろ、駒うちした原木が一人一人の名前いりで裏の林の一画にひっそり並べおかれていた。
またこの日、共同一括購入したジャガイモの種芋を各人・グループ別に仕分けする作業を同時並行して行っていた。農作業を始めるための準備がこうしてあわただしく行われていたが、長い冬を越えて半年ぶりの農作業の再開に誰もが気分を高揚させているように見えた。
このあたりの住居表示は現在、嬬恋村字鎌原といい、「百年小屋」から歩いていける近さに旧鎌原村の観音堂がある。150段もある石段を上り詰めた先に観音堂が現存するが、ここは天明の浅間山大噴火の爪あとが残っていることで知られている。昭和54年から始まった発掘調査のなかで、石段の135段目あたりから女性2人の遺体が折り重なるように発掘された。村の人口の80%以上が大噴火で失われ、90余名が奇跡的に生き残ったと記録にある。発掘された2人は村の高台にある観音堂を目指して逃げてきたのだろう、あと少しのところで火山流に飲み込まれてしまった。
軽井沢の観光名所のひとつに「鬼押し出し」がある。鬼が地底から灼熱の強大な岩を地上に押し出したと形容されたその場所はいま「鬼押出し園」に見ることが出来る。噴火の規模が容易に連想できる奇岩があたり一面ごろごろしている。
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