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農のある暮らし

2011年5月20日 更新

第1章 男の自立

会社人間さようなら


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私たちは「あなたの仕事はなんですか」と聞かれると「私は○○銀行です」とか「××商事に勤めています」と答えるのが一般的です。

本来は「会社」ではなく「仕事」と聞かれているのですから、営業、経理、人事、あるいは企画、購買とか仕事(職種)を答えるべきなのです。しかし長年、日本企業は特に大卒を対象にさまざまな仕事を経験させて、将来の管理職、経営幹部に登用するための社内教育をしてきました。

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したがって研究職とか特殊技術職のような専門性の高い仕事は別にして、大多数の人は「仕事」イコール「会社」と答えてしまうのです。

日本的経営を特色付けてきた三要素「終身雇用」、「年功序列賃金」、「企業内組合」は会社を家に見立て、その従業員は家族の一員として処遇してきました。「終身雇用」も「年功序列賃金」も家の秩序を保ち、家族全員が一致団結して協力することが会社の繁栄につながると信じられていたからです。実際のところ戦後の驚異的な経済復興、高度経済成長を実現し支え続けたのが日本的経営だったことは誰もが認めるところです。

昭和30年代から50年代初頭までは会社は家族主義のもとで社宅制度、社内預金制度、旅行に運動会、そして社員同士の結婚推奨など、社員を丸抱えしてきました。京都の某有名企業は社有地に墓地を造り、多分希望者限定とは思いますが給与天引きで墓地の購入を勧めていたと聞きます。死んだ後の世界も会社とは縁が切れず管理されるというわけです。


会社という家族の一員となるためには入社試験でふるいにかけられますが、昭和一桁生まれの人は現在のような厳しい入社試験の洗礼を受けることなく、縁故によるものが多かったと聞きます。郷里が同じとか社内の有力幹部のつてとか、かなり縁が薄くても縁故入社が通用してきた時代でした。

その意味では牧歌的、家族的ないい時代だったといえましょう。


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しかし会社が社員を丸抱えしてきた時代はいまとなってはもう過去の話です。

私のような団塊世代は過去のよき時代を知る最後の世代かもしれません。同時にバブル崩壊後の失われた10年も経験した世代です。いいときも悪いときもそれぞれ味わった世代です。その団塊世代がこの2〜3年の間に次々と退職を迎えつつあります。

退職を機に会社と一切無縁の社会に自分を置くことになります。会社と自宅を往復してきた会社生活から解き放たれ、一人の人間として新たな環境に適応することが求められます。

会社という便利で大きな組織を背景に肩書きを使い、取引という経済行為でつながってきた人間関係がリセットされ、丸裸の一個人として新たらしい社会のなかで人間関係を作り上げなければなりません。

しかし「年功序列」の縦社会に慣れ親しんできた男性の多くはフラットな地域社会に馴れず、戸惑いがちです。

私が属している地域の大学OB会組織には私よりはるかに年齢の高い先輩が大多数を占めています。

その先輩の中にはいまだに「会社」を背負った人を見受けます。話題は常に壊れたレコードのように「会社」時代の話ばかりです。取引先のお偉方の誰それを知っている、自分の仕事の手柄話、楽しい思い出話、苦労した話、披露されるエピソード、総てが会社にまつわるものです。

退職後の付き合いはかつての同僚や部下中心で、趣味を通じた新たな人間関係もせいぜい同年代同士に限られ、相変わらず話題といえば過去の思い出話が中心です。

しかしOB会組織や趣味の会などに能動的に参加する人はまだいいほうです。来る日も来る日も地域の図書館に通い、総ての新聞に目を通すことを日課にしている人がいます。公園で将棋や囲碁で時間をつぶす人もいます。その将棋や囲碁を取り囲み、ただただ暇つぶしのために覗き込んでいる人もいます。

特にきまってやることもなく、映画を見たり、近くの公園を散歩したり、展覧会に出かけたり、毎日ぷらぷらしている人もいます。自称「ぷらぷら族」というらしいのですが、それを苦痛に感じない人もいます。人生いろいろです。

もてあます退職後の時間を自分なりに消化できている人はまだ希望があります。

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最悪なのは親しい友人・知人が一人もおらず退職した途端まったく社会との接点をなくしてしまい、いつも配偶者の後ろをついて回る人です。「粗大ゴミ」とか「濡れ落ち葉」と揶揄される人たちです。年に一二度会って酒を飲み交わす程度ではとても親しい友人の範疇には入らないと思います。

年賀状のやり取りだけの友人よりはましですが、私に言わせれば似たり寄ったりです。

私のまわりでも退職後、社会との接点をなくしつつある人がいますが、その人たちを観察しているとある共通点に気づかされます。

■ お神輿を担ぐふりをして、いつもぶら下がっているような人

■ 知人・友人の冠婚葬祭に無関心を装う人

■ 好奇心が薄くフットワークの悪い人

■ 自己主張が強すぎて嫌われる人

■ プライドが高く、胸襟を開かない人

上記の共通点は逐一、説明をするほどでもないかもしれませんが、念のため順を追ってお話します。

まずお神輿にぶら下がるだけの人というのは、いつもどこかさめているような人で輪の中心に身をおかず、責任を取りたがらない人を想像してください。冠婚葬祭に無関心な人とは、冠婚葬祭という最低限の世間の付き合いすら敬遠する人で、普段から何やかやと理由をつけて友人、知人と会う人種とは正反対の人です。

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好奇心旺盛な人は向学心、向上心も高く、何事も積極的に捉え、思い立ったが吉日とばかり行動に移すことのできる人です。こういう人は多様な立場の人、幅広い年代の人たちと接することになります。その逆は推してはかるべしです。

そして人の話を聞かない、自分のことばかりを一方的にしゃべりまくる人がいます。それが会社の上司であれば、サラリーマンの性として仕方なく聞いていても、一旦会社を辞めて上司と部下の関係が清算されたときには誰にも相手にされなくなります。

最後ですが、人はプライベート上の悩みや不都合なことは自分の弱みを見せるようで話したがりません。プライドやエリート意識の高い人はその傾向が強いのではないでしょうか。しかし他人から見ればとっつきにくく冷たい人という印象を受けます。人は映画「男はつらいよ」の寅さんのように欠点だらけ、隙だらけの弱い人には暖かい人間性を感じるものです。


かく言う私も大きなことは言えず、妻に言わせれば立派な「会社人間」でした。会社と家を往復するだけの正真正銘の「埼玉都民」人生でした。何しろ地元所沢の飲み屋で飲んだことは皆無でした。つまり地元で酒を酌み交わすような親しい人がいなかったのです。退職しても「会社人間」のままでは誰も相手にしてくれません。「会社」と「社会」は別物です。「社会」つまりここでいう「地域社会」に溶け込もうとすれば、発想の転換を迫られます。



※本レポート中の写真と本文の内容は直接関係はございません。