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農のある暮らし

2011年9月20日 更新

第2章 働き方を考える

肉体を使った働き方 40日間の記録


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小屋作り

米作り、蕎麦作りは埼玉県グリーン・ツーリズム推進協議会の役員メンバー同士の関係から埼玉県宮代町の「新しい村」のフィールドを利用させてもらい、同じく「新しい村」のスタッフに米と蕎麦の育成管理と指導を委託する形で行ってきました。

米、蕎麦に続くものとしていつかは野菜作り体験を行ってみたいと考えてきました。

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大型トラクターで肥料のすき込み

さすがに野菜作りは他人任せにはできません。米つくりと違い多品種を少量作るため、作業に要する時間はかなり必要になります。従って畑は自宅から近い場所でなければならなりません。しかも多くの種類の野菜を作るためには最低でも1反(300坪)の畑を準備しなければなりません。


私が暮らしている埼玉県所沢市は都心から40km圏内にあり、さいたま市、川口市に次ぐ人口34万人を抱える埼玉県の中核都市です。

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肥料を全面散布して、トラクターをかけて整地した畑

西武鉄道本社のある「所沢」駅は西武池袋線「池袋」駅、西武新宿線「西武新宿」駅から急行を利用するとそれぞれ30〜40分で到着する近さです。

所沢市に限らず埼玉県内を走る西武線沿線にはまだかなりの農地が残っています。

私の自宅の最寄り駅は西武池袋線「小手指」駅ですが、駅から北へほんの10分ほど車を走らせると、広大な畑が広がっています。

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横浜からもってきた簡易トイレ

このあたりは三富地区のなかの下富地区と呼ばれる一部にかかっていて、周辺農家は露地栽培によるサトイモ、ホウレンソウ、ニンジン、ダイコンなど少品種を大量に作る専業農家がほとんどです。

三富地区(上富地区、中富地区、下富地区)とは約300年前、江戸時代の元禄期に川越藩主、柳沢吉保によって現在の所沢市、狭山市、ふじみ野市、三芳町、川越市の埼玉県西部の5市町にまたがる広大な畑作農地として開発された地域です。

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小屋作りの道具と材料

畑の形状は一様に間口に対して奥行きが深い独特の短冊形をしています。

短冊形の畑を挟み込むように両端に屋敷地と平地林がセットになった景観は現在でも当時を偲ばせるように比較的よく残っています。

しかし、この地域でも農業従事者の高齢化と後継者不足は深刻で、あちこちに耕作放棄された畑が目立ちます。

耕されない畑を見ていると市民農園や体験農園とし有効活用し、都市住民に開放すればよいのにと誰もが考えます。

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支柱を建てるための深さ50センチの穴

しかし、突然農家をたずねて畑を拝借したいといっても快く応じてくれる農家はまずいません。農家の狭量さが障壁になっているかもしれませんがそれが総てではありません。

耕作されていない畑に雑草が目立ち始めると周囲の農家の手前、トラクターを使い雑草を土ごと掘り返してきれいに均しますが、夏場は10日もたてばまた雑草が我が物顔でのさばります。

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小屋作りスタート

現行では一定の要件を満たさなければ法的に農地の貸し借りが認められていないのです。まして、1反単位(1反は300坪)での貸し借りはほとんど地域の農家同士に限られているのが実情です。

そこで手始めに2009年の2月初旬に農家と懇意にしている人、農家を親戚に持つ人などを通じて何とか4軒の農家を紹介してもらいそれぞれのご主人と話をすることが出来ました。

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同上

しかし、いずれも玉虫色の返事でなかなか話が前にすすむことが出来ません。農家の方々は初対面のよそ者には胸襟を開いてくれず、本音を聞かせてもらえません。

しかし、2月下旬のある日、最後に紹介されたお宅は私が属している所沢の大学OB会会長の親類筋にあたる家でした。いわゆる専業農家ではなく広大な農地を保有する下富地区の大地主の家で、その家の奥さんは短大を卒業したインテリです。

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ガラーンとした畑とぽつんと立つ小屋

都市住民が農業に関心を持つことに理解をしめしてくれました。そして奥さん自身、一人で有機・無農薬の野菜作りを長年実践していました。

話はとんとん拍子にすすみ即日、有機・無農薬の野菜作りを行うことを条件に1反の畑を使わしていただくことがきまりました。

さあ、そこからが中国の新幹線建設のごとく、連日の突貫工事で農園開設準備に取り掛かることになったのですが、即刻手がけることが二つありました。

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小屋につなげるパーゴラ作り

一つは畑の手入れと施設の準備、もう一つは会員募集です。

畑の準備はもっぱら自分の肉体を使う仕事です。

やるべき具体的なことは畑全面に石灰を散布し有機堆肥と奥さんに勧められた2種類の有機肥料の施肥をすることでした。少し救われたのはこの畑が荒れた休耕地ではなく直前まで使われたものだったことです。つまり畑に肥料さえ入れれば1ヵ月後には作物を育てることが出来るというラッキーな状況でした。

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火曜Gの初作業

畑に播く有機肥料や鍬、鋤類の農具、重いものを運ぶ一輪車、マルチやトンネルなど農業資材をその前に買い揃えておくのはいうまでもありません。

また会員を受け入れるための最小限の施設として、畑に設置する簡易トイレと農具・農業資材・肥料などをストックする物置小屋を同時並行で作る仕事がありました。


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パーゴラの骨組み完成

一方、同時進行で会員募集の具体的な計画立案と実行があります。これも人手がぜひほしいのですが、人を雇う経済的余裕もないので自分ひとりで出来ることを考え、やるしかありません。

NPOのホームページで農園開園の告知をすること、所沢市内の10箇所あまりの公民館に告知ポスターを張り出すこと、地元発行の新聞3紙に開園を記事にしてもらうこと、この3本柱で会員募集をした結果、初年度は15名の会員が集まりました。

インターネットを見て東京から応募してきた主婦、公民館のポスターをみた人、そして応募者の中でもっとも多かったのが地元新聞を見た人でした。ほとんどお金をかけずに応募者15名は上出来です。


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土曜Gの初作業日

2月下旬、畑の借り受けの日から4月5日の開園式でオープンにこぎつけた約40日間を振り返ると、あらためて随分濃密な日々を過ごしたものと実に感慨深いものがあります。

しかし、たった40日の準備作業で開園にこぎつけられたのは農園立ち上げ計画の趣旨に賛同してくれ、かつ献身的に肉体労働を手伝ってくれた複数の人たちのお陰でした。

次回はこの40日間の準備作業をつまびらかにいたします。